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2011年10月30日 (日)

病と歩む

マルクがまだ元気だった頃、私が恐れていたこと。
それはマルクの不治の病の宣告をされること。
病で命の終わりを覚悟すること。
宣告を受けることでそれまでの暮らしが180度変わってしまうと思っていました。

でも2010年1月12日にマルクの拡張型心筋症を告げられてみると
それは昨日の続きの今日の出来事。
そして明日も今日の続き。
病院へ通い、薬をもらい、服用させる、ちょっと今までと違った事が増えるだけで、
マルクは昨日と何も変わらない表情で過ごしていました。
そして今日も明日も明後日も、彼自身は少しも変わらない。
彼の身体は少しずつ変化しても、本質は何も変わらないんだと気付きました。
ならば身体の変化にケアをするだけ。
いつか必ずやってくる別れのその時まで、
マルクがマルクらしく生きれるよう、私も変わらずに居ようと思いました。
それは私が彼を失う恐怖によって心折れずにいられる支えでもありました。

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思えば、死という概念のない犬の強さに支えられた1年4カ月の看病生活でした。
(私は闘病って言葉は最後まで好きになれませんでした。
病は憎らしいけど、それも彼の身体の一部だから。
受け入れて苦痛を和らげるためのケアをすることに“闘う”という言葉が
しっくりこなかったからです。)

さて、マルクの看病から解放されて4カ月。
身体がしっかりしてきたセディと「これからいっぱい遊ぶぞーっ!」と思った9月、
次はセディに不治の病が見つかりました。

始まりは、心臓病のために利尿剤を服用していたマルクが見せていた
多飲多尿と同じような様子を、セディが見せたことでした。
7月半ば頃からそれは起こりました。
暑い時期です。ただでさえよく動く子犬です。当初はあまり気にしていませんでした。
でも多飲多尿は日を追うごとに激しくなっていきました。
あまりに水を飲むので水を隠してしまうと、取りつかれたように家の中を歩き回り
水を探しました。
体重も増加が止まったと思っていたら減少に転じました。
・・・・何かがおかしい・・・・
その不安は消えることなく、9月7日、思い切って血液検査をしました。

結果は異常なものでした。 
さらに検査を依頼し出た結果が、「糖尿病」でした。
「若年性糖尿病」とか「原発性糖尿病」と言われるタイプでした。
膵島に空胞変性が起こりインスリンが出なくなってしまうのだそうです。
犬の糖尿病は一般的にシニア年齢になってからの発病が多く、
若いうちに発病するのは珍しく、かかりつけの先生も初めて出会ったそうです。
対処は体内で作れなくなったインスリンを注射で体外から補うこと。
完治はなく、治療はQOLの改善でしかありません。
併せて厳しい食事の管理をしながら血糖値をコントロールし、
合併症(尿路感染症・慢性腎不全・白内障・ぶどう膜炎・網膜症・皮膚炎など)に
注意を払わなければなりません。
その中でも、白内障などの視覚障害は防ぐのが困難であるようです。
血糖コントロールが不全であれば、早い時期に腎不全も起こるそうです。

おかしいとは思っていましたが、まさかこんな病気であるとは想像もしていませんでした。

幸い糖尿病そのものは、マルクの拡張型心筋症のように命を削る病気ではありません。
でもこれから先ずっと、血糖コントロールと合併症と向き合っていくことになります。
マルクの時とはまた違った重さを感じました。
でも病が何であれ、向き合い対応していくしかないのです。
そこはマルクとのことで随分と鍛えられた気がします。

病気が判明してから今日ここに書くまで間が空いたのは、
・セカンドオピニオンを受けるために治療開始を待ったこと。
・その間にセディが大きく体調を崩したこと。
・そこから今日の安定に導くまでに非常に多くの時間と手間を要したためでした。
セディの回復に向き合い続けた2ヶ月弱でした。

その間の出来事は、彼のブログ「cedy's diary」の
セディの健康」カテゴリーに納めていますが、まずはここから→

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↑こうして見ると、目がうっすら白濁し始めているのがわかります。

どうしてセディに・・・どうして私に・・・こんな病気がのしかかる・・・・
そう思うこともあります。
でもね、神様は乗り越えられない困難は与えないと信じています。
そしてこの困難の先には、だからこそ得られる良きことがあるのだと信じています。
運命を嘆いていてうつむいていても病は消えない。
無駄なことはしないでおきます。

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