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2011年5月19日 (木)

最期のときのこと

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「 犬は自分で死ぬ時を選ぶのよ。 一番良い時に、その子の選んだ逝き方で逝くの。
 だから大丈夫。あなたは安心していていいの。 マルクに任せなさい。」
マルクも、そして私も癒してくださった先生の言葉です。

マルクを送った後も、幾度も幾度も思い出しては
5月15日に私達がしたことを納得しようとしています。

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今回の写真はすべて、
2007年11月にプロカメラマンに撮影してもらった5歳のマルクです。

5月に入って、長くお世話になった医師から
2,3ヶ月ももたないと言われたマルクの身体。
自然療法の先生からも、「いつ止まってもおかしくない心臓」と言われました。

でも、薬を増やしコントロールしている限り、
家の中で穏やかに過ごしているマルクの心臓は心不全などを起こすことなく、
その働きを弱めていくのではないかと感じていました。
そうなると肺に水が溜まる肺水腫や腎不全などになることが予想されました。
肺水腫は非常に苦しむため、状況によっては安楽死も視野に入れてなくてはなりません。
1年4ヶ月病気と歩み、最期に苦しんで終わるようなことは避けて欲しい。
最近の私の願いは、
“出来るだけ苦しまずに逝ってくれる事”と、
“もう一度、琵琶湖で遊ばせてあげたい”ということでした。
厳しいといわれた冬を乗り越え、9歳の誕生日も迎えてくれたマルクへの
頑張ったご褒美として、これが一番だと考えていました。

夫ともそんなことをよく話し合っていました。

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そして15日。
晴れています。マルクも調子が良さそうでした。
琵琶湖行きを決めました。
この日を見送り1週間・2週間と先延ばしにすればするほど
連れて行ける可能性は低くなるだろうと思いました。
もちろん、命を失うかもしれないと思いました。
でも「だから行かない。」という選択肢は、私たちの間にありませんでした。
連れて行かずに命を存え、のちに苦しんで逝かせる方が
大きな後悔を残すと思ったからです。

この時の私たちは、マルクの心臓を彼の運命に任せていたように思います。

琵琶湖に着き、ライジャケをつけたあと一直線に水に走っていくマルクを見て、
私は不思議と、“マルクが死ぬかも”ということを忘れました。
彼の喜びが、私の中にも満たされてきたような感じがしました。
私もとても楽しくなって、一緒にワイワイ言っていたような気がします。
実は数十分間のことだったのだけど、時の長さを忘れてしまう、キラキラした時間でした。

遊んでいる間、マルクがどうしても私の足の間で濡れた顔を拭くので、
バスタオルを取りに行こうと車に向かって歩いていた時、
私の背後でマルクが倒れました。
そして浜中に響き渡るような声で数回鳴きました。
今まで聞いたことのない、私の身体に電気が走るような鳴き声でした。

そこでやっとマルクが病気だったことを思い出しました。
夫に心臓マッサージを頼み、車にニトロのスプレーを取りに走り、
マルクの口に幾度も吹き付けました。
そして「頑張れ!」「大丈夫!」「私はここに居るよ!」「マルク!マルク!マルク!・・・」
そんなことを口にしていたような気がします。
でも頭の中では、「マルクが逝きたいなら逝きなさい。」
「神様、連れて行くなら連れて行って。返してくれるなら返して。」
「お願い、もう楽に・・・楽になってもいいよ。」 そんなことを考えていました。
今ならいい。今なら見送れる。そうも感じていました。

ついに拍動が戻ることなく、数回深い息をして、マルクの身体から力が抜けていった時、
これでいい。これでよかった。って思いました。
どこか晴れ晴れとした気持ちでもありました。

でもやはり「もし琵琶湖に行かなかったら・・・」って考えます。
今日この時も、マルクの大きくて暖かな身体のフサフサの毛に
顔をうずめることが出来たのではないかと・・・。

でも冒頭の言葉通り、これはすべてマルクがセッティングしたことなのかもしれません。
私たちはマルクに操られるように行動していたのかもしれません。

息を引き取った後のマルクの表情は
これまた何ともニッコリした目で、微笑んだようでした。
「ボクのプラン通りに送り出してくれてありがとう。」
そう言っていたのかもしれません。
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すべてはこの日の為に、
セディを迎えたことも、琵琶湖も、マルクのプランなのだと考えずにはいられません。

私はスピリチュアルなことに深い興味がある人間ではないけれど、
死を恐れない犬だからこそ、こんなすごいことができるのだろうなぁ、と
あらためて犬の持つ力に驚かされています。

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マルク、私の願いを聞き入れた逝き方をしてくれてありがとう。
倒れる瞬間を私に見せなかったのも、あなたの優しさだよね。
大きな声で鳴いたのは、私を呼んで「ありがとう!楽しかったよ。ボクは逝くよ!」って
言ってくれたんだよね?
ちゃんと聞いたよ。忘れないよ。

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あなたがくれた8年と10ヶ月は本当に素晴らしい日々だった。
一日だって退屈な日はなかった。
異国での暮らしも、あなたが居れば寂しくなかった。

今は寂しくて涙が止まりません。
でもいつか再び会えるはずって思っています。会えるよね?
「あ、また会えたね。」って思える瞬間を楽しみにしています。

とりあえず、あなたとの思い出に時々どっぷり浸りながらも
あなたが選んだセディを、あなたのような頼もしい2代目にするべく頑張るね。
どうぞ見守ってください。

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