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2011年5月17日 (火)

会えなくなって2日

5月15日、マルクが空へ帰っていったその日のうちに
身体も空へ返しました。

逝ったのが午前10時40分ごろ。
まだまだ時間がたっぷりあります。
今日なら夫もアンコ・キナコも、みんな揃ってマルクを見送ることができる。

先に延ばすことは考えられませんでした。

これもすべてマルクが決めたご帰還プランなのだと思います。

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マルクは今、このシルバーのキャニスターにいます。
ドイツ生まれってことで、どうも仏教スタイルが私の中でしっくりきません。
だからお線香も鈴もありません。
マルクに贈られたメモリアル・キャンドルの灯りと香りが、その代わりです。
なんとかマルクらしい祭壇になったかしらと、ちょっと満足。

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沢山のお花をいただいています。
マルクに代わりましてお礼申し上げます。ありがとうございます。
あらためて、マルクはこんなに多くの皆さまに好かれていたのだと嬉しく思い、
ひとつひとつを胸に抱いては泣きました。

マルクが死ぬ前は、
「失った寂しさで、きっと花々の世話など私にはできない。 供花はお断りしたい」
などと考えていました。でも、これは間違いでした。
目に優しい花々の姿と豊かな香りでとても癒されています。
供花の大切さを知ることができました。

仕事もあるし、セディの相手もある。家族の世話もある。
その他諸々、しなければならないことがあるにもかかわらず、
ふと気付くと祭壇の前に座っています。
セディと一緒に。
ひとりぼっちで座らずにいられるのも、マルクの計らいだったのでしょう。
セディが居てくれるから、孤独感はありません。

でも身体の一部を抉り取られるような強烈な喪失感に襲われています。
恐ろしく寂しいです。
先代を亡くされた方たちは、皆こんな思いに耐えているのだからすごいな、
と思っています。

でも、目を閉じて心を落ち着けると、斜め45度後ろのあたりから
あの優しくも涼しい瞳でこちらを見ているマルクを感じる時があります。
目には見えないけど、彼はまだ私の傍に居てくれているようです。
その気配をしっかりと感じ取りたくて、TVもBGMもかけず
静まり返った部屋の祭壇の前でじっと感覚を研ぎ澄ます時間が愛おしいのです。

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セディもしょんぼりです。
わずか2ヶ月の同居生活でした。それも結構厳しい指導の多い日々でした。
でもセディはマルクが大好きで、尊敬していたのだと思います。
彼もまた大きな道しるべを失い、寂しさに耐えているようにみえます。

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~セディ、あなたの目にはマルクが見えませんか?~


取り留めのない日記になりました。取り留めのないことばかり考えているからですか。

それから、コメントをいただいているのに、レスが滞ったままです。
ごめんなさい。そのうち必ず書かせていただきます。
もう少しお時間をください。

5月15日、The Last BIWAKOの陰に
The First BIWAKOもありました。
セディも大切な私の息子。大切な記録のひとつを頑張って書きました。
もしよろしければ覗いてやってください。

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